前回ブログ記事で
我が子を「自分で考えられる人間」に育てる方法
について書きました。
この記事の中でも触れているのだけど、「自分で考えられる」人間に、絶対欠けてはいけないものがあります。
それは、「こころ」です。
「考える」と言ったとき、どこで「考える」のでしょう?
一般には「頭で考える」と思いますよね。
でも、シュタイナー教育では「こころで考える」人間を育てています。
(こころで考えるってピンとこないかもしれませんね。以下の文から感じ取っていただけたら嬉しいです。)
それは、学校教育だけのことではありません。シュタイナー教育、人智学は子どもだけのものだけではなく、大人が人間として成長するためのもの。人間として「こころで考えられる」ように、成長し、「進化」していく。それが人智学のひとつの方向です。
考えることが、「頭」だけでの活動だと、それは「冷たい思考」です。
「ちょっとそれ、ちがうように思うんだけど」って、なんとなく心の奥でもやもやしたことがあったとしても、頭で考えたことのほうが大事だと考えて優先してしまう・・・のが現代人的ありかた。
頭は論理では考えられる。でも、本当に正しいこと、本当に人間に、社会に、わたしたちに必要で大事なものって「こころ」が一番敏感に感じ取っています。頭は、「国民の70%が認めているならきっと正しいんだろう」とか考えて判断しちゃったりもする。こころのなかでは「何か違う」って思っていてもね。頭はそんな意味での「考える」ことをもします。でも、こころのほうが本当に大事なことを実はわかっている。(わかる「こころ」が育っていれば! ね)
「こころの声」きいていますか?
自分のこころの声に反応して、こころの声に正直に生きていますか?
こころの声を、無視してしまったりしていませんか?
または、こころがつぶやいていることにさえ、気づかずに日々送っていませんか?
シュタイナー教育では、「頭」と「こころ」と「体」を総合的に育てています。切り離しません。
そして、「こころを育てること」「こころで敏感に感じ取ること」「こころの声をきくこと」は、大事なことだと、学校教育全体でこども達にメッセージを送っています。
それって「自分を大事にすること」でもあります。自分を肯定することでもあります。自分を認めることでもあります。
頭だけじゃない。勉強だけじゃない。
全部、繋がっています。
こころで考える力が大事だと思った出来事は、オウム真理教の事件です。地下鉄にサリンを撒き散らした実行犯に、医師の資格を持った人物がいました。医者になれるほどに頭脳優秀なのに、自分の行為が殺人に繋がると考えられなかったのです。これも偏った教育が生んだ結果だと思います。
さかえさん
オウムも、殺人事件ほかいろいろな犯罪も・・・こころで考える力が育っていたら、ナイフだって劇薬だって知識だって世界を善くすることに使えるのに。頭に知識だけ詰め込んだって人は育たないですよね。